

share the learning フェミニズムの力で社会の景色を塗り替える|長尾悠美
長尾悠美(ながお・ゆみ)
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「〈Sister〉という店名は、オノ・ヨーコとジョン・レノンが共作したアルバム『サムタイムズ・イン・ニューヨークシティ』に収録されている一曲、「シスターズ・オー・シスターズ』から取っています」
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長尾さんは、女性として何が発信できるかを問い続けてきた先駆的なアーティストであるオノ・ヨーコを、20歳前後から深く尊敬していたという。この楽曲も、女性解放運動などを背景に書かれた歌詞に共感し、〈Sister〉のスタッフが全員女性だったこと、そして女性たちによる女性本位で楽しめるファッションを発信するブティックというコンセプトであることから、この名前に決めたのだそう。
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「20代前半の頃から、オノ・ヨーコをはじめ、男装して歌ったマレーネ・ディートリッヒのような、自立心のある女性に惹かれるところがあったと思います。お店をはじめた当初は、そうした女性たちの服装を参考にすることはあっても、彼女たちの活動の根底にある想いや、女性が歩んできた歴史、フェミニズムについては深く考えていませんでした。女性のためのお店という発信をしているのに、あまりに浅はかだったと強く反省したんです。そこから女性についての活動に本腰を入れようと決め、急ピッチで各方面の勉強を始めました」
フェミニズムを学びはじめ、展示という形で発信をスタートしたのが、ちょうど〈Sister〉10周年の時のこと。キリのいい節目だからなにか新しい取り組みを始めたのかと思いきや、そのころに起きたいくつかの出来事が、長尾さんの気持ちを前へと進ませた。
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「10周年のタイミングで、それまでの雇われディレクターから独立し、私が〈Sister〉という会社の代表になりました。その頃、バイイングの取引先や、会社を運営するさまざまな場面で、いくつものハラスメントにあったんです。それらは、もし私が男性で、自分で会社を興していたら、言われなかったことだと感じました」
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そのことを、日本、アメリカ、イギリスに暮らす友人にそれぞれ話した。すると、日本の友人からは「そういう人っているよね」と返ってきた。一方、アメリカやイギリスの友人たちからは、「それは女性蔑視だから、次に同じようなことがあったら取引をやめるべきだ」と助言された。
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「“仕方ないと応じるなら、あなたがそれを容認したことになる。だから、きちんと言い返す必要がある”と言われたんです。このとき、私自身が気付かされたと思います。〈Sister〉という名前を掲げて10年、女性の権利について真剣に考えてこなかったことが、本当に恥ずかしかった。女性がどう扱われてきたのかを学び直したい。その思いから、すべては始まっているんです」
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長尾さんにキッカケを与えた2冊。〈Sister〉を始める前後によく読んでいたオノ・ヨーコの書籍と、フェミニズムへの道を示した田嶋陽子の1冊は今でも時々読み返す大切なもの。
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学びが解き明かした
過去のモヤモヤの正体
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友人に薦められた本を読んだりしながら、少しずつ理解を深めていくうちに、幼少期の出来事にも答え合わせができていったという。家父長制が強く残る、地方都市で育った長尾さん。小さい頃から、「なんでそういうことを言われるんだろう」と思う場面がいくつもあった。
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「それは主に父や祖父からかけられる言葉でした。本当に小さい頃は、祖父が思い描くお淑やかな女の子像に当てはまらない私の姿や振る舞いについて、母が代わりに叱られたり。高校卒業後の進路を決めるときには、本当に大きな摩擦が起きました。私はファッションの仕事がしたくて東京の専門学校に行きたいと言ったのですが、父も祖父も強く反対しました。兄が地方の大学に進学していたこともあり、女性の私が東京に行きたいと言い出したことに怒りを覚えたようでした。最終的には、母が『女性だからという理由で、やりたいことを諦めることはない』と送り出してくれました」
そして、24歳で〈Sister〉をオープンした時の出来事も鮮明に記憶しているという。
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「声をかけていただいて2ヶ月で準備をしたので、ものすごく忙しく、最後は4日間徹夜してお店をオープンさせたんです。社長からは『女のわりにすごい』と言われました。シニカルさを交えた褒め方をする人だったので、社長なりの最大限の賛辞だったと思います。でも、なぜかモヤっとした気持ちが残ったんです。もし私が男性だったら、そんな表現はされなかっただろうなと感じたんです」
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本を読むことで、長尾さんはそうしたモヤモヤした気持ちが、“ミソジニー(男尊女卑)”によるものだと気がついた。
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「ようやく病名がついたような感じでした。どの人も、本当に悪気はなくて、潜在的に刷り込まれている考え方で発言をしているのだと思うけれど、それはつまり、私たち女性は潜在的にずっと蔑まれているということだと知りました。潜在意識の中にあるジェンダーギャップを取り除かなければと感じたんです」
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田嶋陽子さんの本
『愛という名の支配』との出会い
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いろいろと読み進める中でたどり着いたのが、田嶋陽子さんの『愛という名の支配』。この書籍は、長尾さんに新たな気づきをもたらし、フェミニズムとは何かを教え、現在の活動のスタート地点を示してくれた一冊となった。
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「はじめは海外のフェミニズムの本を読んでいましたが、海外の事例では、性差別が人種や階級、宗教などさまざまなレイヤーの中で起こっている、いわゆるインターセクショナリティであり、私が受けている抑圧とは少し状況が異なっていると感じました。そんな時に田嶋さんの『愛という名の支配』を読んで、ハッとさせられたんです。家父長制の中で受けた抑圧がチェーンのように次の世代へ繋がっていると書かれていて、特に母がなりたかった自分と、抑圧されてきた自分の2つを同時に娘に教えることで、その葛藤が大きいという話は、とても勉強になりました。自分の置かれている立場でしか感じられない抑圧があると改めて実感しました。社会構造的に女性が抑圧されていることは理解できても、構造だけ見るのではなく、自分の視点から見たことで理解できたんです」
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長尾さんは、この大切な学びをもっと多くの人に伝えたいという思いが強まり、ショップを媒介とした新しい取り組みが始まることにつながったのだ。
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媒介者として
フェミニズムと向き合う
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〈Sister〉が毎年「国際女性デー」に合わせて開催する展示は、年々注目を集めブティックのもう一つの側面として認知が広がっている。テーマは長尾さん自身が決め、2025年には政治におけるジェンダーギャップ解消を目指す「フィフティーズ・プロジェクト」と共にパネル展示を行い、NHK連続テレビ小説『虎に翼』のタイトルバックを手がけたシシヤマザキ氏にイラスト協力を依頼し、Tシャツなどのコラボグッズを制作した。
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「私は媒介者として、フィフティーズ・プロジェクトやライムライム、ゲリラ・ガールズといった、素晴らしい団体を紹介する役割を担っていると思っています。洋服を販売してきた経験が、この活動にも生きていると感じます。服を売る時は、まず自分でその魅力を咀嚼してからお客様に伝えますが、フェミニズムにまつわる話も 、難しく受け取られがちな社会課題を私がみなさんと同じ目線で語ることで、わかりやすく伝えられるんだと思います」
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(左)2023年の国際女性デーに合わせた展示イベントで取り扱った、ニューヨークのアート集団「ゲリラガールアズ」のアートブック。当時中古で手にしたこの1冊に共感し、すぐさま彼女たちに展示の打診をしたそう。(右)アート界に横たわる事柄をフェミニズムの立場から考察した北原恵による『Art Activism』も、長尾さんの理解を深めることに役立った1冊。
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そして、この展示が入場無料であるのも、長尾さんの熱意によるものだ。
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「どのテーマの時も無料で開催してきたのですが、モニカ・メイヤーさんやゲリラガールズを取り上げたときには、美術作品を無料で観られることに驚く来場者も多くいました。でも、私の中でもともと入場料をいただく発想はありませんでした。アートは、お金を払える人だけが享受できるものではなく、さまざまな人に届くように公共化されるべきだと思っています」
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そんな長尾さんの心意気は、大学教授や、企業でジェンダー問題に取り組む担当者、美術館の学芸員など、アートやフェミニズムを研究するアカデミックな立場の人々からも一目置かれている。長尾さんの経営者としての決断力と行動力、その軽やかなフットワークが、イベントを着実に大きな存在へと育てている。
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「ありがたいことに、イベント後に大学で再展示のオファーをいただいたり、ゼミで講演をしたりと、以前から興味があった教育の分野で〈Sister〉として参加する機会が増えてきています。そして、チャリティグッズの収益は、アートの招聘だけでなく、自治体の図書館へフェミニズムやジェンダーに関する書籍を寄贈することにも使っています。〈Sister〉を通して自分にできることを考えたとき、服を売るだけではなく、自分が学んできたことをお客様と共有することを、これからも大切にしていきたいと思っています」
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