work with creativity in any profession 編集もデザインも経営も。形を問わずに、クリエイティブしていく|林 聖子
林 聖子(はやし・せいこ)
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ファッションエディターから
アクセサリーのデザイナーへ
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ジュエリーブランドの代表を務める林さんのキャリアは、ファッション誌の編集者から始まった。きっかけは、学生時代に夢中になった本や雑誌たち。
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「大学時代、交換留学から帰国したらすでに同級生たちが就活を終えている時期でした。出遅れてしまった焦りを感じながらどんな道に進むべきか悩んでいたとき、好きな雑誌に“エディター募集”という文字を見つけたんです。その応募がきっかけで編集者の世界に入りました。仕事を始めてみると、締め切りに追われて徹夜をする日々。充実感を感じながらも心身ともにボロボロになって、20代後半で別の世界も覗いてみようと転職をしたんです」
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休息がきちんと確保できた新たな職場。そんな環境にありがたみを感じる反面、喪失感にも似た感覚に陥った。
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「前職がハードだったせいか、時間を持て余してしまったんです。そのとき、編集の仕事を辞めてみて改めてものづくりが好きなことに気がつき、手作りでアクセサリーの制作を始めました。はじめは趣味として自分のために作っていたのですが、SNSにアップしたところ思わぬ反響をいただいて。ヘアメイクさんのサロンやセレクトショップからお声がけがあり、2014年に〈ST, CAT〉というブランド名で販売をスタートしました」
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林さんがハンドメイドで制作していたころのイヤリング。コーディネートのアクセントになる大ぶりなデザインが特徴的だった。
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予想外の売れ行きに感じた
消費されることに対する違和感
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アートピースのような、セラミックやビーズを林さんならではのセンスで組み合わせていく。絶妙な配色とインパクトのあるデザインは瞬く間に人気を集め、卸先のショップでは完売が相次いだ。
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「ちょうどそのころがSNSの黎明期だったこともあって、理解が追いつかないほど売れていったんです。受け入れられることへの喜びはありましたが、同時に驚きも大きかった。自分の技術力とデザイン力にそぐわないほどの評価を受けてしまった違和感。模倣品を見かけるようにもなって、消費されることへの戸惑いも感じました。“こんなものを売り続けていいのだろうか。ただ消費されてブランドが廃れてしまうのではないか”。そんなネガティブな感情が溢れてきたんです。不安を払拭するために、学校に通って一から彫金の技術を学びました。その後、学校で知り合った友人とともに貴金属ジュエリーの制作と販売を始め、2017年に法人化し、ブランド名を〈atelier ST,CAT〉に改めて世田谷区・上町にショップを構えました」
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お店には、 “売る”だけではない空間にしたいという、林さんの想いを詰め込んだ。
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「お客さまと対面できる場があれば、ブランドが表現している世界観を感じ取ってもらえるのではないかと考えました。そこで、若いアーティストが自由に表現できる場を提供するためのギャラリーを併設したショップにしたんです。新しいブランド名の〈atelier ST,CAT〉にもそんな想いを込めました。自分たちのペースで続けていけるように、アクセサリーは少しだけ販売するスタイル。卸しは数を絞って対応させていただき、オンラインショップを開設。実店舗のオープンは月に1週間程度にとどめました。とはいえすべてビジネス的な計画性はまったくなく……今思うと、よく運営できていたなという感じですね(笑)」
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2020年には南青山へ店舗を移転。ショップ&ギャラリーとしての機能を拡張し、ジュエリーブランドとしての可能性をさらに広げていった。信頼できるスタッフも少しずつ増えてきた矢先、コロナ禍が襲う。
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アトリエ内で1点ずつ丁寧に仕上げられた〈atelier ST,CAT〉の結婚指輪。ハンドメイドならではの歪みを活かしたナチュラルモダンなデザインは、日ごろ愛用するようなファッションジュエリーとの相性がいい。
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ブランド存続の危機から見出した
ブライダルジュエリー特化の道
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「コロナ禍で本当に大打撃を受けました。お店は開けられない、でも固定費の支払いは迫ってくる。明日どうなるかわからないというギリギリの状態でした。さらにオンラインやSNSなど販路の選択肢が増えたことで、OEM*を活用して新規参入してくる企業や個人事業主が増え、価格競争は激化。似たようなデザインがどんどん出てくるなかで、その競争に巻き込まれることは本質的ではないと感じたんです。ものづくりを続けていくうえで大事にしていることのひとつに、“ないものを作り上げていく”という姿勢があります。貴金属ジュエリーを始めたころも、手に取りやすい価格帯のシルバーやゴールドのファッションジュエリーが少なく、だったら自分たちで作ってみようと始めたんです。それが市場に溢れてきたこともあって、私たちが作る必要性を感じなくなっていました」
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OEM*=Original Equipment Manufacturing、または Original Equipment Manufacturerの略語。委託者が製品のデザインや詳細設計を受託者へ支給し、製造を依頼すること。(参考文献/日本貿易振興機構〈ジャイロ〉ホームページ)
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貴金属ジュエリーを始めたころから小さく展開していたというブライダルジュエリー。徐々にニーズが増え、2022年に本格化させた。
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「私たちのブライダルジュエリーを人生の大切な節目に選んでくださるお客さまが増えてきたこともあり、オーダー制のブライダルジュエリーへ集中することにしたんです。私たちならファッション性が高く、日ごろつけているジュエリーとも相性のよいデザインの提案ができるのではないか。さらにその選択が自分たちの納得できるヘルシーな会社のあり方に導いてくれるとも感じました。同時に、会社経営にまつわるすべてのことを改めてきちんと勉強しなくてはと思いました。知識不足のままなりゆきで会社をスタートさせてしまった自分を反省し、ビジネスを学ぶ機会を積極的に与えたんです」
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色、形、装飾など、数百パターンの組み合わせから、カウンセリングを経て自分たちらしいデザインをセミオーダーできる。仕上がったサンプルは3泊4日ほどお客さまの手もとへ。朝夕でサイズが変わる指へのフィット感、自身のファッションスタイルとの相性などを数日かけて確認できる。
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2023年6月に移転した代々木上原のショップ内のアトリエ。“結婚指輪らしさ”よりも“自分らしさ”を大切にする考え方をもとに、一人ひとりのお客さまのリクエストに合ったリングを職人がていねいに仕上げていく。
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経営もクリエイティブに
林さんの本質は創業時と変わらない
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コロナ禍をきっかけに経営に専念し始めた林さん。自身のSNSなどを通じてビジネスに関する発信も続けている。
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「“デザイナーという立場から経営メインで関わるようになって苦労しませんか?”とよく聞かれるんです。でも私はまったく辛さを感じず、むしろ楽しい。会社をどう成り立たせ、世の中にどう伝えていくかという作業自体がクリエイティブだと感じています。アウトプットの形が事業になっているだけで、雑誌を編集することやジュエリーをデザインすることと差異がない」
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今の立場になったからこそ、改めて気づけたブランドの価値もある。
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「ものづくりに携わると売上優先の考え方を悪のように捉えられることもありますが、クリエイティブとビジネスを分けて考えることもまた、正義ではないと思うんです。雇用を守りながら売上を立て、社会にとっても意義のあるものを作り上げていくことって、とてもクリーンで大切なこと。売り手・買い手・社会にとってプラスになる“三方良し”という言葉を大切にしています。私たちがいまブライダルジュエリーを通して提案している“結婚指輪らしさよりも自分らしさ”というスタイルは、多様性が求められている新しい時代に結婚観を刷新する啓蒙にも繋がると思っているんです。そんな大それたことをいうのはちょっと恥ずかしさもありますが(笑)、そう信じながら少しずつ前に進んでいます」
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内装は人気店を数多く手がける設計事務所・MILESTONEが担当。曲線を活かした壁面とウッドインテリアによるあたたかみが、ハンドメイドで仕上げるジュエリーの製造背景とリンクする。
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ウェディング用にレンタルしているジュエリーもすべて職人によるハンドメイド。ビンテージライクな落ち着きのあるモダンさが魅力的だ。
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