creativity at the root of her 自分を満たす創作活動|木本梨絵
creativity at the root of her 自分を満たす創作活動|木本梨絵

creativity at the root of her 自分を満たす創作活動|木本梨絵

photo edvinas bruzas
text nico araki

2024.04.15

株式会社スマイルズでは最年少でクリエイティブディレクターに就き、20代で起業。飛ぶ鳥も落とす勢いでたくさんの新しいブランドを世に送り出してきた木本梨絵さん。独立後、多忙な日々を駆け抜け早4年。順調にキャリアを積み重ねていた彼女が、仕事から離れ新たな道へ舵を切った。際限なくパワフルに活動する彼女の源には、自分のための“創作”がある。

木本梨絵(きもと・りえ)

1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。武蔵野美術大学、女子美術大学 非常勤講師。自然環境における不動産開発「DAICHI」を運営。旅、自然、日本文化に関わるさまざまな業態開発やブランドの企画、アートディレクションを行う。今年3月からロンドンに拠点を移し、語学や大学での研究に専念。

instagram: @riekimoto

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自然と人間の関係を

探求しはじめる

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昨年、ノルウェーの森を訪れたことをきっかけに新たな目標が生まれ、一年とたたずに海外移住に踏み切った。抱えていたほとんどの仕事を手放し、今年3月に渡英。現在は、秋から入学する大学に備えてロンドンで語学を学んでいる。

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「6年ほど、生産的なクリエイティブをビジネスとして続けてきたなかで、今は限られた残りの人生を自身の探求に充ててみたいと思うようになりました。9月から大学で研究するのは不可分な都市(人間)と自然との関係の地域ごとの異なりについて。それは、異文化圏に身を投じてはじめて深く突き詰められると考えました。こちらに来てから、美術館やギャラリー、書店などさまざまなところで、自然に対してアクションしている活動によく出合う気がします。それは意識の問題もあるかもしれませんが、自分のテーマに没頭するのにロンドンはぴったりな場所だと感じています」

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“人間と自然の関係性”に強く惹かれたのは自身の経験からだった。

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「昨年、大きく傷つく出来事があり、心を病んでしまったんです。心療内科で薬を処方してもらったけれど、わたしには合わなかった。そんなときに、友人と森に行く機会があって、自然のなかで『朝日が綺麗だね』『木が揺れているね』などと話していたら、だんだん呼吸が整っていった。最先端の医学では治せなかった自分の悲しみが、大切な人と自然のなかにいるだけのことで、癒えていく確かな感触があったんです。『人間は人間との営みのなかで傷つくけれど、そんな人間を救うのもまた人間で、そこには自然というメディアが必要なのではないか』と考えはじめました」

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心身を整えるために取り入れた日課も、より身近に自然を感じるきっかけになったという。

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「精神の治療としてジャーナリングをはじめ、その習慣がとても良かった。そのなかで『美しいと感じたもの』を記すようにしていたのですが、だんだん目の解像度が細かくなっていき、普段見過ごしていた素晴らしい瞬間を発見できるようになったんです。キッチンに落ちた木漏れ日やゴミ箱に差す陽の光まで、感動して涙が出そうになる。森へ行かずとも東京みたいな都市にもすでに自然があり、美しい景色が溢れていることに気づきました」

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コンプレックスから

手にした“絵”という武器

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生まれ育ったのは、海と山に囲まれた田舎町。自然があるのは当たり前だった。

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「わたしが幼少期を過ごしたのは、和歌山県有田市という自然豊かな漁師町。家の近くには海があり、振り返れば緑が生い茂る山。通学路も、右が川で左がみかん畑みたいな田舎です。遊びといえば、木登りしたり、どんぐりを拾ったりしていましたね」

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自分はなにもできないと、感じていた幼少期。

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「わたしには、二つ歳上の兄がいるのですが、とにかく優秀だったんです。早くから時計も読めるし漢字も書けるうえに愛想が良い。わたしはその真逆で、勉強もスポーツもまるでダメ。なにをやっても兄より劣っていました。子どものころって世界が狭いので、兄のことは大好きだけれど、同時に彼と自分を無意識に比べてしまっていた。幼いながらに自らを“なにもできない”と卑下していました」

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やっと見出せた特技が周囲とコミュニケーションを取る架け橋に。

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「そんなときわたしを、救ってくれたのが“絵”でした。唯一、絵は上手に描けたから、家族にも褒めてもらえた。当時は内気な性格だったので、学校では友達が少なかったけれど、『ウサギ描いて』とか『パンダをお願い』と、絵をきっかけにクラスのみんなが集まってきてくれるのがうれしかった。気づけば、“絵を描くこと”が、一つの自己表現であり、周りとのコミュニケーションツールになっていました。幼稚園の年少くらいのときに、祖父が美術大学の存在を教えてくれて、そのときにはすでに進学を決めていましたね(笑)」

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絵が導いてくれたのは

ものごとに取り組む活力

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唯一の武器だった絵をきっかけに、世界が広がっていく。美術大学への進学も迷わなかった。

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「家族でスピッツの大ファンなので、ボーカルの草野マサムネさんが武蔵野美術大学に通っていたのだと兄が教えてくれたんです。ホームページで校舎を見たらとてもかっこいい建築で、単純なわたしはその瞬間に絶対にここに行きたいと思いました。オープンキャンパスで空間演出デザイン学科のインスタレーションに一目惚れして進路を決めました」

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その後、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科へ入学。在学中の出会いが、今でも人生の指針になっているという。

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「ゼミの教授であった片山正通さんとは、今でも連絡を取り合っています。恩師であり、父親のようでもあり、そして大切な友人です。“デザインで生きていくならば独立するのがやっぱりおもしろいよ”という片山さんの考えは学生時代から染み付いていて、卒業生として活躍することで彼に恩返しがしたかったというのも会社を起こした理由の一つです。わたしは“尊敬する人の言葉を鵜呑みにして必ず成し遂げる”と決めているのですが、その結果、いま最高にハッピーな日々を送れています」

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一聞するとシンプルな話だが、言われたことをそのまま素直に受け入れるのはそう簡単ではない。そこには、彼女がモットーとしている地道な努力に対する決意があった。

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「人生のテーマに“実行・努力・継続”を掲げています。非常に地味な作業ですが、これが意外と難しい。恐らく、幼少期に兄と比較していたコンプレックスが原動力なのですが、とんでもなく負けず嫌いなのでこれらを達成できるんです。正直、なんの才能もなくても、この“実行・努力・継続”という3つさえできれば人生はうまくいくと体感しています」

 

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たどり着いたのは

自分を満たすための創作

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大学を卒業後、就職した会社で最年少でクリエイティブディレクターに就く。しかし、5年で独立の道を選ぶ。

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「“茹でガエルの法則”ってよくいうじゃないですか。ゆるやかな環境の変化に気づかずじんわりと致命的な状況に陥っていくような。特に仕事に関しては、同じ場所にとどまるのは心地良くて楽なんですけれど、そんな危うさを感じます。だんだん仕事に慣れていくうちに、順調にキャリアの階段を昇っていたつもりが、実は踊り場をぐるぐる回っていただけで、全くステップを上がっていなかったりする。そういった心地良さを心地悪く感じ、これまでも3年ごとに環境を変えてきました。するとおもしろいことに、人生は一度きりのはずなのですが、場所や目的を方向転換することで毎回新しい人間にリセットされた感覚になります。それがたとえ全然ちがうフィールドだとしても経験値としては一人の自分に蓄積されていく。0ベースになってまた0からスタート、と低い塔をたくさん並べるのではなく、ひとつの高い塔がカラフルに積み上がっていくようなイメージです」

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独立してからは、新しいブランドのスタートに関わることが多かった。

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「新規ブランドの立ち上げに携わるケースが多いのですが、9割はヒアリングとアンケートの繰り返し。デザインより、コンセプトを固める時間がよっぽど長いんです。そして最後の1割でそれらをビジュアル化する。そんな風に慎重に基盤を固めることで骨太なブランドになると考えています」

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木本さんが人生にテーマを掲げるのは、そういったこれまでの仕事の影響だという。

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「ブランド一つとってもこんなに慎重にテーマを練るのだから、人間の一生にこそ明確なテーマを設けるべきだなと。なんとなく素敵なだけでは、コンセプトのない流行りのデザインみたいに空っぽな人間になっちゃう気がします。80年続くかもしれない長期的な私というブランドに向き合って、プロとして価値を生み出していきたい。この人生をおもしろくするためにはなにをしたら良いのか、そんなことばかり考えています」

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“絵”だけではなくさまざまな強みを手に入れた木本さん。エッセイと写真で日々の出来事を綴っている。

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「わたしにとって創作は、自分を満たすためのものでありたいと考えるようになりました。大事なのは“自分の視点を自分らしい形で残すこと”。これって絵とかわかりやすいクリエイティブに限った話ではなくて、料理や音楽のプレイリストを作るのも創作といっていい。つまり誰もがアーティストになれるんです。そこではクオリティはどうでもよくて、自身がうっとりするかどうか。そして、見返したくなるかが大事。わたしの場合、今行っているのは文章と写真です。よく自分の投稿を読み返しているので、SNSのスクリーンタイムの9割は自分のページを見ていると思います。これからも自分が振り返って喜べる自分のための創作を続けていきたいです」

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