curating nature, shaping  her style  拾い集めた石や貝から育まれた、ファッションの美学|武田美輝
curating nature, shaping  her style  拾い集めた石や貝から育まれた、ファッションの美学|武田美輝

curating nature, shaping her style 拾い集めた石や貝から育まれた、ファッションの美学|武田美輝

photo momoka omote
text nico araki

2025.09.15

表参道の古着店〈zoharu vintage〉を営む武田美輝さん。彼女はそのとき心惹かれた土地へ足を運び、買い付けを行う。まだ出合ったことのない“心惹かれるもの”を求めて探訪する。その揺るぎない姿勢こそが、彼女の原動力だ。石や貝殻などを拾い集めることから始まった、“集めて、並べる”という特別な時間は、今もなお続いている。

武田美輝(たけだ・みき)

イスラエル生まれ。2006年〈サンタモニカ〉に入社し、12年間勤務。2018年、表参道に自身のミドルネームを冠した古着店〈zoharu vintage〉をオープン。週3日ほど営業するほか、〈432MARKET〉などのポップアップイベントにも出店している。

instagram @zoharu.vintage

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蒐集物を眺める

至福の時間

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タイの山岳地帯で仕入れた民族衣装や、ヨーロッパのレースで仕立てたブラウスなど、〈zoharu vintage〉に並ぶのは、オーナーの武田美輝さんが世界各地を旅して出合った個性豊かな衣服やアクセサリーたち。作られた土地も文化も異なるにもかかわらず、武田さんの審美眼にかなった品々は、どこか共通する美意識が感じられ、不思議なほどに調和している。“集めて、並べる”という行為は、彼女のなかにずっと前から根づいている衝動なのだ。

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「気に入ったものを集めて眺める習慣は、子どものころからあります。拾った石やきれいな模様の貝殻、流木や落ち葉などを家に持ち帰っては、よく親に叱られました(笑)。自分のなかにちゃんとしたルールがあって、ビビッときたものを選び取っていく。無数の選択肢の中から、心惹かれたものを集めたときに立ち現れる世界観が好きなんですよね。いつからか集める対象は、球体のオブジェや服になっていき、探しに行く場所もどんどん広がっていったんです。そうやって、“集めて、並べる”という行為をずっと繰り返してきました」

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普段、自宅に飾っている球体のオブジェは、20歳から蒐集しているのだそう。「太陽も月も球体だし、“丸くおさめる”みたいな楽観的な表現もあったり。“丸”が持つそういった側面も好きですね」

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球体モチーフのアイテムは、アクセサリーが並ぶ商品棚にも潜む。

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幼いころに培った

環境に適応する能力

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これまでに旅行や買い付けで訪れた国は、20カ国以上。毎回、日本を1カ月ほど離れ、気の向くままに巡るのがスタイルだ。見知らぬ土地に身を置くことにためらいがないのは、幼い頃に海外で暮らした経験が大きいと語る。

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「テルアビブで生まれ育ち、4歳で移り住んだのは、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の聖地とされるエルサレム。とても神秘的な街で、陽が落ちかけた頃に『嘆きの壁』で祈りを捧げる人々の姿は、どこか儚く、今でも忘れられません。父がイスラエルで航空関連の仕事をしていたので、観光客向けの聖地巡礼ツアーに参加したり、湖や死海などのいろんな場所にもよく連れていってもらいましたね」

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8歳で日本に帰国したときも、新しい環境にはすぐに慣れたという。

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「昔から適応力はある方だと思います。日本に引っ越すと決まってからは、夢を見るくらい楽しみでした。新しい家や学校、友達を作るのだって、わくわくしていた。もちろん、不安もあったはずですが、目の前に現れるミッションを楽しみに変えるのが得意なんだと思います。その感覚は今も変わらず、海外渡航のときに、飛行機が動かない、言語が通じない、ものを失くすといったハプニングが起きても、ゲームみたいな感覚で前向きに乗り越えていけるんです」

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奥にネイルサロンを隣接した店内。手前の看板の文字は、武田さんが粘土で文字を象ったもの。

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自分で選んだ古着が

ファッションの自信に

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帰国後に住んでいたのは、多摩川のほど近く。相変わらず落ち葉を拾ったり、“集めて、並べる”という習慣は続けていた。そんななか、思いがけず心を奪われるものに出合う。それが、古着だった。

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「中学一年生のときに、近所に偶然オープンした古着を扱う店で、80年代後半のジャージー素材のベストを購入したんです。それを着ていたら、おしゃれなお姉さんに褒められたのが、とてもうれしかった。自分が選んだものを認めてもらえた喜びが、自信へと繋がったのを覚えています。そこから、ファッションへの熱が高まり、古着にどんどんのめり込んでいきましたね」

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やがて周囲でも古着が流行りはじめると、あえてそこから少し距離を置き、誰も着ていないようなデザイナーズブランドに魅力を感じるように。ワードローブには〈コム・デ・ギャルソン〉や〈メゾン マルジェラ〉〈ラフ・シモンズ〉が加わっていった。

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「当時、私が着ていたモードな服は、大胆な装飾や珍しい素材ばかりで、唯一無二のアートピースを集めているような感覚でした。アルバイトでコツコツお金を貯めては、青山へ出かけるのが日課だったほど。そうやって、周りの人とは違うものを選んで、個性的な格好をしていたつもりだったのに、文化服装学院に入学したら、同じような装いの人ばかりだったんですよね。それがかえって、もう一度古着に立ち返りたいと思うきっかけになりました」

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武田さんはジャケットの下に、2枚のスカーフを重ねてブラウス風にアレンジして着こなしている。

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文化服装学院を中退後、古着店〈サンタモニカ〉に入社。なんと、わずか一年で店長に抜擢された。買い付けに同行するようになると、バイヤーの才能が開花していく。しかし、同時に、服と向き合う姿勢に迷いが生じていった。

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「あまりにもお店の売り上げを作ることに必死で、“売れる服”と“自分のスタイル”のあいだに、いつの間にかギャップが生まれてしまったんです。その矛盾に戸惑っていたとき、一緒に買い付けに行っていた先輩が、まずはターゲットを具体的に思い描くことを教えてくれました。また、“知識を蓄える大切さ”についても。それまで、私はほとんど感覚だけで服を選んでいて、興味のあるジャンルや好きな年代しか見てこなかった。でも、自分の好みとは違うものでも“知る”ことで、なぜそれを選ぶのか、どう提案すべきなのかを、言語化できるようになったんです。アートや音楽など、あらゆるカルチャーを学ぶ作業は果てしないですが、“選ぶ意味”が少しずつ自分の中で輪郭を持ちはじめ、悩んでいたギャップも埋まっていったように感じます」

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立ち戻った場所は

“集めて、並べる”が叶う店

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年に一回の夏休みには、必ず海外旅行へ行っていた武田さん。12年間勤めた〈サンタモニカ〉を退職したときも、すぐにヨーロッパへ旅立った。

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「新しいことに挑戦したくて、自分探しといえば、一人旅だと思って出発しました。友人の家を転々とし、公園や美術館、クラブに遊びに行く日々。気づけば、あっという間に2カ月弱経っていました。『あれ、私、楽しかったけれど、何もやりたいことを見つけられないぞ』と焦り始めたころ、ちょうど日本でネイリストをしている友人から連絡があり、『スペースがあるから店を開かない?』と誘われたんです。私物の古着がたくさんあったので、2カ月くらいフリーマーケットのように売ろうかなと始めたのが、〈zoharu vintage〉でした」

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ベトナムで買い付けたワンピースの裏地。蝋で描いた模様に藍染が施された、手仕事ならではの一枚。

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2カ月で閉店するつもりだった〈zoharu vintage〉は、今ではオープンから7年目を迎えた。

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「行き当たりばったりの人生なんです(笑)。もし他に夢中になれることが見つかれば、正直、お店を辞めてそっちにシフトしてもいいと思っています。でも、やっぱり古着って奥深くて面白い。たとえば、昔は市民の服でも長く着られるように縫製がきちんと仕立てられていたり、世界情勢や歴史の背景がデザインから読み取れたりする。そういう知識も〈サンタモニカ〉で先輩たちにたくさん教えてもらったからこそ、より理解が深まっていったと思います。おまけに今は、買い付けの行き先も自分で決められるし、海外の暮らしに触れながら、世界中から心惹かれるものを集められている。気づけば、好きなことをちゃんと仕事にできているんですよね。それが、お店を続けられている原動力なのかもしれません」

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