color the world  色が紡ぐコスメと地球の未来|大澤美保
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color the world 色が紡ぐコスメと地球の未来|大澤美保

photo kentaro oshio
text aya sasaki

2025.01.15

シャープな形状や繊細に散りばめられたラメが特徴的で、一般的なクレヨンとはひと味違う、ユニークな存在感を放つ「ハロヨン」。廃棄されたアイシャドウや口紅を原料に作られた画期的なクレヨンで、美容業界のサスティナビリティに取り組むプロジェクト〈COSME no IPPO〉から誕生した。化粧品をはじめとした広報PRとして活躍する大澤美保さんが手がけている。唯一無二の製品が生まれた背景には、幼少期から磨かれた、大澤さんが持つ“色彩への感性”という原点があった。

大澤美保(おおさわ・みほ)

COSME no IPPO〉 主宰、広報PR。大学卒業後、PR会社、エンタメ系企業、オーガニック化粧品メーカーでそれぞれ広報職に従事し独立。化粧品のPRを行う傍ら、2021年より、使用済みコスメを回収し新たな価値をもたらしたアップサイクルによるクレヨン「ハロヨン」の製造販売をスタート。美容業界におけるサスティナブルな活動として各方面から注目されている。

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たった一人で始めた

アップサイクルプロジェクト

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きっかけは、出産による大きな価値観の変化だったという。それまでの大澤さんは、自分とその周囲が幸せに暮らせるようにと願っていたけれど、子供を持ったことで、視線がより遠くの未来へと向き、地球環境の変化に不安が募っていった。ちょうどコロナ禍に二人目の出産を経験し、それまで以上に考える時間が増え、未来を嘆くだけでは何も変わらないと感じるように。“実際に行動を起こさなくては”という湧き上がる心の声に突き動かされて、 地球のためになることを模索していった

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「子供たちには、不安を植え付けるのではなく希望を残したい。私たちの世代が少しでもいい形で地球を次に繋げられるようにしたいと強く強く思ったんです。美容業界はエネルギー業界、アパレル業界に次いで大量のゴミを排出している業界のひとつです。その事実を知り、大好きで携わってきたコスメが抱えるこの現状に、胸を痛めていました。中でも、カラーコスメは使い切れずに廃棄されることが多く、それが大きな課題であるとずっと感じていました。購入時の高揚感が最後にはゴミ箱行きになってしまう――その罪悪感をどうにかして形を変え、再びワクワクできるものに循環させられないかと考えたんです。色に惹かれて購入するカラーコスメだからこそ、その色を活かして絵を描く道具を作ろうという考えが固まっていきました」

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とはいえ、使用済みコスメをクレヨンにするという斬新なアイディアをどう実現するのか、見立てはあったのだろうか。

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「気持ちだけでスタートしたので、似たような商品を見かけたこともなければ、具体的な情報も何も持ち合わせていませんでした。それまでも化粧品のPRに携わってはいましたが、製造についての知見はゼロ。本当に手探りの状態でした。そこで、クレヨンを製造している会社に片っ端から連絡を取りましたが、多くの会社に断られ、心が折れそうになることもありました。そんな時に、今ご一緒している製造元に出会って、藁をも掴む思いで相談。ようやく製造への道筋が少しずつ見えてきたんです」

 

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使い終わったカラーコスメに新たな価値を吹き込んだエシカルなクレヨン。ハロヨンにセットされた5色は、同じものが二つとなく、回収されたコスメの色をそのまま活かして作られている。

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新たな課題とアートの役割

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現在の製造元に出会うまでが、最も苦労した点だったと振り返る大澤さん。それ以降は、回収したコスメをもとに、製造元が色や成分バランスを調整しながら手作業に近い形で11本のクレヨンを作ってきた。しかし、プロジェクトが軌道に乗る中で、また別の難しさが浮かび上がってきたという。

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 「一番の課題は、回収に協力してくれる方々と、完成したハロヨンを購入してくださる方々が必ずしも一致しないという点なんです。この2つの客層が異なるため、それぞれに別のアプローチが必要で、回収と販売という両輪のバランスを取るのがすごく難しいと感じています。ハロヨンのパッケージをシンプルにしているのも、クレヨンと聞くとどうしても子供向けと思われがちな中で、大人にも使ってもらいたいという気持ちから。幸い、昔、絵を描いていたご両親へのプレゼントしとして購入される方がいらしたり、20〜30代の方が、友達へのギフトに選んでくださったりするケースもあり、幅広い世代に届いていることは嬉しいです

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また、ハロヨンは、回収したコスメから製造されるため、毎回同じ色を作れるわけではない。ピンク系、ブラウン系など色調を意識しつつも、最終的には集まったコスメの色を反映させてクレヨンを作る。図らずも様々な同系色があるクレヨンだからこそ、ユニークな活動につながった例もあった。

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「“子供達の絵で地球を塗り替えよう”をスローガンに、世界中で活動されている『子供地球基金』の法人会員として、これまでにワークショップ開催のためのハロヨンをご提供したことがあります。 その際、子供たちはニュアンスの異なるさまざまな茶色のハロヨンを使い、自由な発想で絵を描いてくれました。 チョコレートや土の中の世界など、想像力あふれる楽しい作品が次々と生まれ、その様子がとても面白かったとレポートをいただいたことがあります。茶色は回収されコスメの中でも特に多い色ですが、『茶色しかない』と嘆くのではなく、それをどう活かせるかに目を向けるのも素敵だと実感した出来事でした。計画的に製造できないからこそ、その偶然性を活かして新しい提案をできたらと、いつも考えています。今年は、新たな展開として、イラストレーターの方とご一緒して『ART no IPPO』というプロジェクトを立ち上げる予定です

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活動の原点にある

色彩への感度

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アップサイクル製品としてクレヨン製造を選び、広く伝えるためのプロジェクトにイラストレーションを採用したりと大澤さんとアートの関係性は身近なのだろうか。

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「母が今も油絵を描き続けているほど絵が好きで、私が子供の頃には『 物をよーく観察して、含まれている色を見つけてね』と教えられていたんです。例えば、山を描くとなるとすぐに緑のクレヨンを選びがちですが、本来の山は緑一色ではないですよね。母から色や形をよく観察する大切さを学び、改めて考えると、自然と色に対するアンテナが育まれていたのかもしれませんね」

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色への感覚は、大澤さんを形成するアイデンティティの一要素でもある。

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「子供の頃からずっと紫色のものを集めています。小学校高学年ぐらいから周りにも『私は紫が好き』と言い始めていた記憶があって、紫色のものを持っていると落ち着くように感じるんです。私には双子の姉がいるのですが、母が持ち物を見分けやすくするために姉はピンク、妹の私は青と決められていたけれど、自分には青がしっくりこなくて。ある時から紫にすごく惹かれるようになりました。その頃からカラフルなカードやシールなどの文具を集め続けています。そこにメッセージを書いたり、ちょっとしたイラストを添えたりすることが楽しくて、描くこと自体が好きな事の一つにもなりました」

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ハロヨンは、そんな大澤さんが子どもの頃から感度の高かった「色彩」と、大好きな「コスメ」という二つの要素が合わさって生まれたものだという。

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「見た目が可愛くて、描く道具でもあるハロヨンは、私の中で自然と繋がったもの。子供の頃から大切にしてきたものと、大人になってからずっと歩んできた化粧品が交わって生まれたと実感しています」

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自然とバッグの中身も紫色のアイテムで揃うように。大澤さんの紫好きを知った友人からプレゼントされることも多い。

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一言添えるメッセージカードはPR業務の必需品のひとつ。たくさんのコレクションの中から相手を思い浮かべながらセレクトする。ふらりとショップに立ち寄っては気に入ったデザインを見つけると、まとめて購入しておくことも多いそう。

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広がる取り組みと

美容業界の未来へ

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 2024年には、ハロヨンに次ぐ製品としてペンキを開発した。ペンキそのものを単独で販売するのではなく、回収された自社コスメを使用して内装を塗装するという、コスメの循環を目指した化粧品メーカーへの新たな提案も計画している。さらに、コスメ回収時にはパッケージからパウダー等の中身を取り出す工程を、板橋区の知的障がい者の通所施設に依頼。就労支援にも繋げるなど、活動の幅がさらに広がっている。ハロヨンの取り組みを始めてから3年が経過し、多くのコスメを回収してきた経験を通じて、思いはますます強くなっていっているという。

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「もともとハロヨンを作り始めたのは、クレヨンを作ることが目的ではなくて、美容業界の廃棄物ゼロを目指すことでした。この活動を通じて、化粧品メーカーには、アイシャドウのカスタムパレットやレフィル対応など、廃棄物を減らす取り組みを進めるきっかけを提供したいと考えています。一方で、消費者には、衝動買いをするのではなく、本当に必要な物だけを選ぶ習慣を身につけるとともに、購入した製品を最後まで責任を持って使い切る意識を育む契機になれたらと思っています」

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回収活動では、特定のメーカーに限らず多様な製品が集まるため、どのような製品が廃棄されやすいのか、データも蓄積されている。それをもとに化粧品メーカーが今後の製品設計に活かせるような取り組みも視野に入れている。

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「これまでのデータや経験を通じて、美容業界全体が、さらにエシカルな方向へ進んでいけると思っています」

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