a place where I can return to my true self 走ることで得た、本来の自分に戻る場所|植木 香
a place where I can return to my true self 走ることで得た、本来の自分に戻る場所|植木 香

a place where I can return to my true self 走ることで得た、本来の自分に戻る場所|植木 香

photo takeshi wakabayashi
text aika kawada

2026.02.15

アスリートとして活動しながら、ランニングインストラクターの顔を持つ植木香さん。160㎞の山道を走る“100マイラー”であり、昨年からは女性のためのトレイルランニングレース「Round Girl 100」を自ら立ち上げ、主催している。長らく専業主婦として生活していた彼女が、どのようして超長距離を走れるようになったのか。ランニングに注ぐ情熱の源を、語ってくれた。

植木 香(うえき・かおり)

ランニングインストラクター・トレイルランナー。〈TRACK TOKYO ランニングクラブ〉でインストラクターを務めた後、独立。国内外のレースに出場し、2025年にはフランス・シャモニー=モン=ブランで開催される、トレイルランニングの最高峰レース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」に挑戦。女性ランナーとして、超長距離トレイルや大会運営にも精力的に取り組む。

instagram @kaytee71kao

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40代で開花した

トレイルランナーへの道

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初めてフルマラソンを目指すまで、本格的にスポーツをしたことがなかったという植木香さん。40歳を迎え、友人と集まった際に「何か新しいことに挑戦しようよ」と盛り上がり、その場のノリで〈東京マラソン〉に応募することを決めた。運命に導かれるように、当選したのは植木さん一人だけだった。出場が決まると、毎日こつこつと練習に励み、少しずつ走れる距離が伸びていった。走ることは、「ただただ楽しかった」という。それは、彼女が人生の中で求めていた達成感であり、明るい未来へ向かっていく前向きな感覚だったと振り返る。

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「30代は、ずっと家にいて家族を支えることに従事していました。会社で働いた経験もなく、子育てに追われ、体調を崩すことが多くて。自分にまったく自信が持てなかったんです」

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そうした日々を黒歴史だと笑うが、就職氷河期世代の彼女にとって、その時間は決して軽いものではなかったに違いない。一転して、走ることにすっかり魅了された植木さんは、好きが高じてランニングクラブに所属し、フォームの改善を図るようになった。身体を上手く使い、馬が駆けるように美しく走りたい。そんな思いが芽生えていった。

無事に初マラソンを完走した植木さんは、その同年にサブ4(※1)を叶えた。翌年にはサブ3.5(※2)を達成。これは全ランナーの上位3~5%しか到達できないエリートランナーの領域だ。驚異的なレベルアップの速さといえる。通っていたランニングクラブでも、ペーサー(※3)やインストラクターを任されるようになった。彼女がレースでこだわる「終始ペースと数を乱さない走り」の基礎は、ここで培われたものだという。その走行スタイルを武器に、アスリートとして頭角を現していく。

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(※1)フルマラソンを4時間未満で完走すること

(※2)フルマラソンを3時間半未満で完走すること

(※3)レースなどで目標タイムを刻み、他の選手のサポートをするランナー

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「レース序盤は、たくさんのランナーに抜かれます。でも、後半になると、彼らを抜くタイミングが必ず訪れるんです。自分をコントロールし、一定のペース保ちながら走る展開が得意なのかもしれません。なので、レース前にはしっかりとペース配分などの計画を立てます。トレイルレースで使う高低図はいまやデジタルが主流ですが、わたしは手書きで作ることにこだわっています」

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さまざまな大会に出場する中で、0.01秒を競うタイム至上主義のロードレースに物足りなさを感じた植木さん。走る舞台が街から山へと移っていった。

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「ロードの走りは単調で、身体がかたまってしまうんです。でも、山道には木の根や岩があり、足場が悪く、急こう配や下りもある。トレイルランニングなら、全身の筋肉をすみずみまで駆使して山の中を走る感覚と、めくるめく自然の景色を同時に味わえる。そんな非日常の世界に、すっかり魅了されました」

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これまでもこれからも

走り続ける理由

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走ることへのモチベーションを尋ねると、「走った後の食事とお酒がおいしいから」と植木さんは答える。しかし、少し間を置いてから語られた本音はこうだった。

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「ランニングを通していろいろな出会いがあり、仲間が増えました。それに、走ることで私の存在を知ってくれて、ランニングコースやイベントで声をかけて下さる方もいて。誰かの励みになることは、とても嬉しいですし、やりがいを感じます」

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しかし、ランニングが仕事になった以上、楽しいことばかりではない。特に大会の企画と運営は、予想を超える量の細かい行政とのやり取りや、地域の方々への配慮の連続だ。仲間や協力者がいても、スポンサーの協賛はまだなく、精神的に追い詰められたことも度々あったそうだ。

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「そんなとき、トレイルランニング界の大先輩やランの同志たちがふと放った一言に、助けられることがあるんです。そういったかけがえのない人たちと一緒にいたい。自分らしくいられる場があるからこそ、活動を続けられるんです」

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印象的なエピソードが2つあるという。初めて大会が開催された後、運営チーム内で今後の方向性に関する意見の不一致が生じた。チームの人間関係にも亀裂が入り、「次の開催は難しいかもしれない」と、行き詰まりを感じていた。そんなとき、相談をした大先輩のトレイルランナーは「そんなもんだよ」と一言。理詰めや正論で諭すのではなく、深く共感して一度受け止める。言葉は少なかったが「そんなものなのか」とすっと心が軽くなり、流れに身を委ねることで、不思議と話がまとまっていったという。

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もうひとつ思い出すのは、スイスのランナー向けピアスブランド〈Baqless〉の日本代理店を務める友人の言葉だ。

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「大会のオーガナイザーと意見が合わず意気消沈していたとき、ちょうど開催していたポップアップイベントに立ち寄ったんです。その友人は軽やかに『元気がないね、ピアスの穴あけていけば?』と提案してきて。『十代の学生でもないのに』と思いながらも、数分後にピアスの穴が一つ増えていました。『あれ、何か頭の中の風通しがよくなったかも……!』となぜか気分転換できた。その後、悩みの種だった過活動形態に覚悟が決まり、さらに取材やCMなど新たな仕事が舞い込み、「Round Girl 100」のスポンサーもパフォーマンスフットウェアの〈HOKA〉に決まりました。運が巡り出したんです」

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少し儀式的で、まじないじみた話に聞こえるかもしれない。でも、同じ競技に人生をかける者同士、多くを口にせずとも心が通じ合う。自らの脚で走り、肉体も精神も研鑽を積んだランナーだからこそ、感覚が研ぎ澄まされ、肌でお互いを理解するコミュニケーションが可能となる。ある種、野性的な勘が鋭いのかもしれない。それは本来、人間が持ち合わせていた能力ともいえそうだ。

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「みんないろいろ言わないけど、妙に説得力がある。そして、なぜかいい方向へ現実が向かっていくんです。ランナー同志でしか感じられない、不思議なフィーリングですね」

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10年後もその先も

活動し続けるために

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年齢を重ねることに戸惑うのは、誰にもあることだ。体力が落ちたり、考え方が凝り固まって柔軟性を失ったりする。特に更年期は、身体だけではなくメンタル面の変化も大きい。そんな中、40代で走り始めた人がいると知ることで、「自分にも何かできるかもしれない」と勇気をもらう人がいるのは当然だろう。たとえランニングをしていない人にとっても、植木さんは大きな希望となる存在だ。

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「どうしても同窓会での話題というと、身体の不調やシワ、シミなど容姿のこと、あとは生理や閉経、老後の話が多い。暗い気持ちになっちゃいますよね。でも、その上でどのように生きるかが大切だと思うんです。個人的には、今後は体力をうまく温存しながら、挑戦を続けていきたいです」

2025年9月、植木さんは念願の「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」に出場した。フランスのシャモニー山脈で開催される、トレイルランニングの世界最高峰の大会だ。標高3000mの山道、160kmを46時間半以内に走り切るという、トレイルランナーにとって夢の舞台でありながら、その過酷さで知られている。膝に怪我を抱え、仕事の合間に準備をしたため万全とは言えない状態での現地入り。そして、天気はまさかの雪。100km地点で低体温症に陥り、惜しくもリタイアとなった。

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「コンディションのせいにしたくはないけれど、とても厳しいレースでした。精一杯の力で臨んだものの、やっぱり悔しくて。UTMBに出場するには抽選があり、条件を満たした実力だけでなく、運も味方してくれないと出場資格は得られないんです。でも、また出場して絶対に完走したい。それが今の目標です」

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