

a seamless creation weaving one world ネイルと花。シームレスな創作が織りなす、ひとつの世界|秋山かな
秋山かな(あきやま・かな)
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創造力が育まれた
自然豊かな暮らし
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絵を描くことからはじまり、ネイルアートや生け花など、秋山さんの創作活動は幅広い。「旅はインスピレーションを得るために欠かせません」という彼女は、休みがあれば登山や旅行を計画し、自然のある土地へ足を運ぶ。その原点には、当たり前のように豊かな自然に囲まれていた幼少期の記憶があった。
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「生まれ育ったのは、神奈川県伊勢原市。都心から電車で1時間半くらいの場所ですが、山と畑に囲まれた自然豊かな地域でした。大山の麓の町なので、週末になると山を登ることが習慣になっていましたね。少し遠出すると沢にも行けたので、カニやヤゴを捕りに出かける日もありました」
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さらに、自宅の庭には珍しい植物が生い茂っていたという。
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「一緒に暮らしていた祖父母が、金柑やミモザの木を育てていました。祖父がキウイを世話していて、オスとメスがあると教えてくれたのを覚えています。和菓子に使うニッキも植っていて、掘り出した根っこを洗って丸かじりした経験も。思い返せば食べれる植物ばかりでしたね(笑)」
そんな彼女が絵を描き始めたのもこの頃。時間を見つけては筆をとっていた。特に夢中になったのは、架空のキャラクターを描く漫画制作だった。
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「レストランでは、料理が出てくるまでペーパーナプキンをキャンバス代わりに描き、学校では休み時間のたびに自由帳にお絵かき。自分で考えた動物のキャラクターを登場させる『ピーシマ物語』という漫画をずっと描いていましたね」
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青山レジデンスビルの3階にある「Ten nail」は、窓から射し込む光が美しい。室内には観葉植物や美術品、絵画が飾られており、時間を忘れてゆったり過ごすことができる。
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陸上部で培った
挑戦し続ける忍耐力
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絵ばかり描いていた彼女は、中学生になると意外にも陸上部を選択。それまで運動とは縁遠かったため、周囲も驚いたが、そこで思いがけずに新たな才能が開花することになる。
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「仲良しの友人たちが陸上部を選んだので、私も一緒に入部しました。種目は長距離走。入った当初のチームはのんびりした雰囲気だったので、それなら私でもついていけるかもと思ったんです。ところが、2年生に上がると『全国大会に行くぞ!』という熱血な顧問の先生が赴任し、部内の空気が一変。 朝・午後・夜に、約10kmずつ走る生活が始まりました。そんなに速くはなかったけれど、マイペースに続けていたら、記録が伸びて、気づけば県で上位に入るようになっていました」
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なんと、陸上の推薦を受けるまでになり、高校は山梨県の強豪校へ進学。学生時代の6年間を厳しい練習の日々に捧げた。
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「陸上が好きだったというより、たぶん自分に向いていたんだと思います。練習は辛かったけれど、『辞める』という選択肢は自然と浮かびませんでした。負けず嫌いな性格もあって、頑張り屋のスイッチみたいなものが作動したのかもしれませんね」
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小さなキャンバスを思い出し
ネイリストを目指す
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ハードな高校生活を終え、短期大学に進学。絵や陸上に関わる仕事ではなく、卒業後は保育士として幼稚園に就職した。しかし、1年が過ぎようとした頃、どうも自分に合わないと感じ始めた。
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「自分が本当に好きなことってなんだろうと考えたとき、“絵”に立ち戻ったんです。陸上部時代も日誌にイラストを添えるほど、絵を描く習慣はずっと続けていた。それをどう活かせるのか考えていた時期に、成人式へ出席するためマニキュアを塗ってもらう機会がありました。それをきっかけに、“ネイリスト”という職業が浮かんだんです」
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秋山さんの仕事であるネイル道具が乗ったワゴン。カラフルなブラシが目を引く。
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昔から“ネイル”の存在は身近だったと、懐かしそうに当時を振り返る。
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「思い返せば、母はいつも赤いネイルをしていました。子どものころ、その赤い爪の上にマーカーでお絵かきしたら、母が喜んでくれたのがとてもうれしかった。そこで、爪磨きセットを買ってもらい、自分の爪を整えるのを楽しむようになりました。仕上がりをチェックするのは、小学校の体育館。あの明るい照明の下だと、爪の表面がプルプルに輝いて見えるんです。綺麗になった指先をうっとり眺めるのが好きでした」
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やがてネイリストの資格を取得し、憧れていた有名ネイルサロン「Disco」に転職。趣味だった絵描きがついに仕事へと繋がり、第二のキャリアがスタートした。
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「サロンでは、愛犬やチューリップの花びら、旅先で見た景色、ほしいお洋服の柄など、さまざまな絵のオーダーを受けます。お客さまが気になっているものを共有してもらい、それを私なりにアートとして落とし込む。毎回、出来上がった作品を喜んでもらえるのが幸せですね」
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「花の中でもチューリップが一番好きです」と秋山さん。
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視野を広げてくれた
現代美術家・杉本博司の作品
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「Disco」で5年間経験を積んだのち、独立。自身のサロン「Ten nail」を立ち上げ、日当たり抜群の一室に店を構えた。さらに、オープンして間もなく、パートナーとともに花器と花のセレクトショップ「PART OF NATURE」を始動。アメリカやオランダ、ドイツで買い付けた個性豊かな品々が並ぶ店には、秋山さんのセンスが光る。
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「もともと旅先で見つけたオブジェや花器を蒐集していました。それをサロンに飾っていたら、お客さまから『どこで買えるの?』と聞かれることが増えてきて、だんだんと自分が好きで集めてきたものをシェアしたいと思い始めたんです。最初はサロンの一角で販売していたのですが、施術と並行するのが難しくなり、思い切って2店舗目を持とうと決心しました」
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取材当日、同じ建物の2階にある「PART OF NATURE」では「チューリップバイキング」が開催されていた。
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オンラインをメインに展開していた「PART OF NATURE」も実店舗を構え、すべてが順調に進んでいった。それでも、不安で立ち止まってしまう瞬間もあったという。
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「実は、『PART OF NATURE』のオーナーであると胸を張って言えない時期もありました。ネイリストを生業としているのに、ほかのことにも手を出していいのだろうか。ネイルサロンの仕事に集中していないと思われるのではないかなど、一人で勝手に想像を巡らして不安を抱えていました」
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「PART OF NATURE」の店内は、「Ten nail」とは少し異なる雰囲気。クリーム色の壁に、鮮やかな花器と花が映える。
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そんなときに転機となったのが、アーティスト・杉本博司の存在だった。
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「直島の護王神社で《Appropriate Proportion》(2002)を観て感動したのですが、そのあと小田原の『江之浦測候所』を訪れた際、そこも杉本さんが手がけたことを知り、驚きました。調べてみたら、彼は写真家であり現代美術作家、建築家、演出家でもある。ひとつの枠にとらわれず、多様な表現に取り組んでいることに衝撃を受けましたね。分野はちがえど、どの活動も影響し合っている。そう気づいたとき、それぞれの仕事に線を引いていたのは自分自身だったとわかったんです。それからは、自分の活動に自信が持てるようになりました」
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ランダムに生けられたチューリップが可憐。
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不安を払い除ける
シームレスな創作意欲
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ネイリストと雑貨店の店主。二つの仕事を区別せず、すべてがシームレスになったことで、それまでの不安から解放された。
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「すべての活動は繋がっていると考えるようになってから、仕事をたくさん抱えているという意識がなくなり、楽になりました。例えば、『PART OF NATURE』の買い付け先で見た景色や花器が「Ten nail」でネイルアートのヒントになる場合がある。ネイルの施術をする感覚で、店頭に花を生けることもあります。そんな風に、一見異なる業務でも、私のなかではすべて相互作用し合っているんです」
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ユニークな形状の花器やオブジェが空間に溶け込むように陳列されている。
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そうした考えのもと、彼女の活動はますます広がっていく。最近では、ファッションブランドとの協業やポップアップイベントなど、さまざまなプロジェクトに取り組みながら、プライベートでは生け花の師範の資格取得に向けた勉強も続けているという。次々と新しいことに挑むパワーの源は、母の言葉だった。
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「常に挑戦したいことがたくさんあります。やってみたいという気持ちが強ければ、とにかく行動に移してみる。『ダメだったら、その時考えればいいのよ』と、母によく言われるんです。初めの一歩は、難しく考え過ぎなくていい。目の前のことに全力で取り組んでいくと、また新しい道が開ける。その繰り返しで、今があるんだと思えるようになりました」
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