

encounters reflect a new me 新しい自分を探し続ける、出会いと表現の旅|前田エマ
前田エマ(まえだ・えま)
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「知らない世界」を楽しみ
多様性を知った幼少期
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昨年に上梓した『アニョハセヨ韓国』では、クリエイター、料理人、アーティストなどを訪ね、韓国の文化を体験。前田エマさんは、そうした縁を大切にしながら、今も飲食店でアルバイトを続け、ときには住み込みの仕事をすることもあるという。常に新たな環境に踏み込み、人や文化との出会いを重ね続ける彼女の原風景は、幼少期にあった。
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「両親は休みなく働いていて、帰りも遅かったので、幼い頃はよく友だちの家に預けられていました。他人のお家ってすごくプライベートな空間じゃないですか。例えば、タオルを変える日数も違うし、我が家では夜にうどんは食べないけれど友だちの家では食べる、春巻きは外食で食べるものだと思っていたけど、よそのお家ではよく出てくる。お風呂の広さ、家の匂い、布団のふかふか度……すべてが違っていました」
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家族の形もそれぞれだった。片親の家もあれば、祖父母と暮らす家もある。ペットのいる家もあった。
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「大人になればいろんな知識がついて、その家庭の背景を考えてしまうかもしれない。でも子どもにとっては、どれもただの『知らない世界』なんですよね。端から見たら、私って人の家をたらい回しにされているように見えたかもしれないけど(笑)、私はとっても楽しくて、人間の多様性を知ることができた原体験だったのかなと思います」
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これまでに前田さんが上梓した著作は2冊。『動物になる日』は、少女のみずみずしい感性でこの世を鋭く見つめた、自身初の小説集。一方、『アニョハセヨ韓国』は、ソウルの店やアーティストを巡り、韓国カルチャーを彼女の視点で綴ったエッセイとしても楽しめ、ガイドとしても役立つ一冊。
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人との出会いが
自分の宇宙を広げていく
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好奇心が常に溢れている前田さんは、人と関わることが好きそうにも見えるが、実は人見知りだと話す。しかし、だからこそ新しい環境に身を置くことが、自分自身を知るための手段のひとつになっているという。
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「私はどちらかというと最初に壁を作ってしまうタイプで、人と接するのが得意ではないんです。でも、自分の手が届く世界って限られている。だから、いろんな人の生活を見に行ったり、ちょっと触れさせてもらったりすることで『こんな世界もあるんだ!』というワクワクを積極的に感じていきたいんです。それは私にとって、何物にも代えがたいことです。なので、韓国に留学していろんな文化や人に触れたことも、今でもアルバイトを続けているのも、その延長にあるんだと思います」
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周囲からは、「人と関わるのが苦手って言うけど、そんなことないよね」と言われることもある。
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「それを聞くと、ちょっと納得できないんです(笑)。確かに、ゲストを招く番組をやっていたりもしますが、私にとって人と出会うことは、他者を知るというより、自分が何を知らなくて、何を感じるのかを知ること。自分の内側にある宇宙を知るための方法なのかもしれません」
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“言葉”が行き場を失い、
書くことに出会う
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前田さんの好奇心は、国境を越えることにも躊躇がない。韓国に興味を持てば半年間留学し、尊敬するアーティストの展覧会を観たいと思えば世界へも飛ぶ。この年末年始には暗くて寒いフィンランドから陽気なハワイへと旅をし、「住む場所によって人の性格は変わると思いました」と笑う。そんなフットワークの軽さは、大学時代に留学したウィーンで培った。
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「日本は島国だから、国境が海ですよね。でも大陸にある国だと、人間が決めた国境線が引かれていて、それが戦争などによってどんどん変わっていく。隣の国で起きた事件が自分たちの国のニュースと文字通りに地続きですし、EU圏内では国を移動するのにもパスポートが必要ない。それって、都心から町田に行くみたいな感覚でフランスへ行けちゃう(笑)。そういう感覚を体験できたことは、すごく面白かったですね」
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言葉の通じないウィーンで、彼女はうまく話すことができず、自分の中に「言葉」を溜め込むことになる。しかし、その環境が文章を書き始めるきっかけを作った。
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「私は普段すごくおしゃべりなので、その日にあったことを誰かにずっと話しているんです。でも、ウィーンでは話す相手がいないから、心の中に言葉がどんどん積もっていく感覚がありました。まるで、心のパレットに毎日100色くらいの新しい色が増えていくような気がして。そんなとき、日本の友だちが向田邦子さんや石井好子さんのエッセイを送ってくれて、それを読んだときに『私も書きたい!』と思いました」
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生きることと、
仕事が地続きにある感覚
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そうして自分の内に溜まった言葉を発散するように執筆を始めた前田さん。文章を紡ぐときも、人と関わるときも、常に自分の心と目の前で起きることに真摯に向き合う。そんな彼女の揺るぎない視点を育んだのは、両親の考え方にあった。
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「私は小さいときからあまり勉強ができなくて、九九も漢字も苦手だったんです。でも両親は博識で、ニュースを見てわからないことや歴史について知らないことを訊ねるとすぐに返ってくる。普通、そんな親だったら、『なんで自分の子どもなのに同じようにできないんだ』と考えてしまうこともあるかもしれないですよね。だけど、私はできないことを責められたことがなくて、それも個性だと育てられてきました。そのおかげで、たとえ家族であっても趣味嗜好や得意・不得意はそれぞれ違うものだ、という感覚が自然と身についていったんです」
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個性を大切にする。そんな家庭で育った前田さんは、10代のころに父親から新たな提案を受けた。
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「ある日突然、『今日からパパ、ママではなく、名前で呼びなさい』と言われたんです。理由は聞かなかったけれど、なんだかすごく腑に落ちました。親も一人の人間で、悩んだり間違えたりしながら生きてきたし、そういった葛藤の中で子育てをしてきた。そして、これからは今まで以上に “他者”という存在として付き合っていくんだなって。これからは一対一の関係を築いていくのだと思うと、子ども心に嬉しさもあった気がします」
自分の人生を捧げられる仕事に就き、朝から晩まで働く両親を見て、前田さんは幼い頃から、「ずるいな、うらやましいな」と思っていたという。生きることそのものが仕事であるようなその姿勢は、今の彼女にそのまま受け継がれている。
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「仕事は仕事、プライベートはプライベートと分けられるタイプではないので、自分がいいと思うことをやりたいし、納得できることをしたいという気持ちは、仕事でも、それ以外でも変わりません。その中でも、文章を書くことは生きている中で出会う悲しみや怒りなど、すべてを形にできる。こんなに幸せなことはないかもしれないと思いますね。書いているときはすごく興奮するし、生きていることを実感できる。その感覚が私にとってはご褒美なんです」
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知ることでさらに遠くへ
長く深い韓国を知る旅
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これまで、興味を持ったものには躊躇なく飛び込んできた前田さん。今、彼女が最も関心を寄せているのは、数年前から向き合い続けている韓国の文化や歴史だ。
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「知れば知るほど世界が広がっていくので、まだまだ知らないことばかり。例えば、韓国で在日コリアンについてあまり知られていないことが多いと聞いて驚きましたし、私自身ももっと学ぶ必要があるなと思いました。私はここ数年の間に、日本にある朝鮮学校に何度かお邪魔したことがあります。自分の無知もあって、今まで北朝鮮という国に対して距離を感じていました。しかし、北朝鮮に家族がいる友人たちとの出会いを通して、遠い国の話だと思っていたことが、実はすぐそばにあることなのだと気づかされました。これからも、知らないことを知り続けていきたいですし、様々な人と出会い、自分の世界を広げていきたいです」
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