

a notebook that started it all 鮮やかな表現の原点にある、“カレーノート”という存在|アオイヤマダ
アオイヤマダ
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湧き上がる衝動が詰まった
一冊のノート
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アオイさんの原点について話を聞きたいとお願いしたら、まず見せてくれたのが、高校時代に食べ歩いたカレーの記録。ペンを走らせたのは、パフォーマンスをする原動力と同じ、“表現したい”という衝動だった。
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「ダンスを学べる高校に進学するため、15歳で上京し、寮生活をしたんです。週末は大好きなカレーを食べ歩くようになって、せっかくなら記録に残したいと思い、感想や評価を綴るようになりました。自分勝手な内容で、今見返すと恥ずかしくなることもありますが、そのノートを作ること自体が、当時の私にとっての“表現”だったのだと思います。ただ食べて終わるんじゃなくて、お店のこと、感じたことをありのままに書き留め、カレーを食べる行為さえも作品にしたかった。単なる記録だけど、今読み返すとあの時の気持ちが蘇ったりもして。カレーのおかげで、食そのものの面白さに気づくこともできました」
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食べ歩いたカレーの感想をありのままに記録したノートは、プリミティブな気持ちを思い出させてくれる存在。下の写真は自分でクラフトを施した「カレーノート」の表紙。
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第三の目を覚醒させた
ダンスとの出会い
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幼少期の話を聞くと、意外にも、人見知りでおとなしい子どもだったとか。アニメやキャラクターに特別な興味を持つこともなく、自我が芽生えるのも、周りの子より遅かったと話す。15歳で単身上京するほど夢中になったダンスとは、どのように出会ったのだろうか。
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「私が5歳の頃、家族ぐるみで付き合いのあった近所のお姉さんが、ダンスを習っていたんです。そのお姉さんとある日カラオケに行ったら、歌うんじゃなくて、踊りだしたんですね。それを見た瞬間に、まるで第三の目がパアッと開いた感覚があって、今でも鮮明に覚えているんです。踊り自体にインパクトがあったとか、多分そういうことじゃないんです。言葉を使わずに感情を放出して、弾けている姿に感動して、『これがやりたい!』と初めて強く思った。そこからですね、ダンスに興味を持ったのは。そのあとダンススクールに通い始めるんですが、今度は『この服を着て踊りたい』とか『これを着て踊るなら、こんな音楽がいいな』という気持ちも湧いてきて。自分の中からやりたいことが生まれる面白さを知ったその頃が、私にとって表現することの第一成長期でした」
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記憶に刻まれている
母との遊び
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「小学生になると、ファッション好きな母の影響で毎月『VOGUE』を買ってもらって読むようになりました。誌面を真似して、母や祖母の服をかき集めて着て、畑の真ん中で撮影ごっこをしたり。母も、自然の中にあるものを自由に使って遊ぶのが好きな人なんです。雪がたくさん積もった庭で『雪で波をつくろう』と言い出し、ビキニを着て雪の波でボディーボードをする写真を撮ったこともありました。そういう遊びが、今の表現につながる原体験だったように思います」
アオイさんのインスタグラムが現在のマネージャーの目に留まり、才能を見出されたのは、カレーノートを書いていた高校生の頃。
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「その時マネージャーに『あなたはダンスより、“身体表現”の方が向いているんじゃない?』と言われて、山口小夜子さんや寺山修司さんのことを教えてもらったんです。作品を観ていくうちに空間やファッション、音楽、身体などをすべてを使って表現する“パフォーミングアーツ”に興味を持つようになり、また第三の目がパアッと開いたような感覚がありました。小さい頃にしていた遊びの記憶もそこにピタッとつながった気がして。そこから表現することの第二次成長期が始まったんです」
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食への興味によって開かれた
新たな領域への扉
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カレーの食べ歩きをきっかけに、食はアオイさんを語るうえで切っても切り離せないキーワードに。興味が高じて、料理研究家の寺本りえ子さん宅に居候していたこともあるのだとか。
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「ある時体調を崩してしまって、ちゃんと食に気をつけなくてはと思っていたタイミングで、知人に誘われて寺本さんの料理教室に行ったんです。楽しかったので寺本さんに何かお手伝いをしたいと申し出たら、“一部屋空いているから寮を出たら住んでもいいよ”と言ってくださって。それでしばらく、寺本さんの家で暮らすことになりました。そこには時々、満島ひかりさんがごはんを食べに来ていたんです。私がNetflixのドラマ『First Love 初恋』に出演したのは、そのご縁があったからなんです」
コロナ禍には、昭和歌謡曲に合わせて野菜と踊る“野菜ダンス”の動画をインスタグラムで公開して話題に。その始まりにも、不思議な縁の巡り合わせがある。
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「寺本さんの家に1年半ほど住んだあと、ひとり暮らしを始めて、自動車教習所に通ったんです。ある日そこで知らない人から『よかったらお茶しませんか』と声をかけられ、裏に名前と電話番号が書かれた教習所のチケットを渡されて。その人が今の夫です。まるでドラマのような出会いでした(笑)。付き合ってすぐにコロナ禍に突入し、ステイホーム期間は夫の転勤先だった愛知で過ごしました。そこには美味しい野菜や珍しい野菜がいっぱいあって、ふと、“昭和歌謡曲に合わせて踊ったらおばあちゃん喜んでくれるかな”と思いつき、始めたのが野菜ダンスでした。動画を撮ってインスタグラムに投稿したら思いのほか反響があり、そこから私のことを知ってくれる人も増えて。もし夫と出会っていなければ、愛知に行くこともなかったし、野菜ダンスも生まれていなかったかもしれない。縁とかタイミングがうまくつながって、今の自分がいるなって思います」
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パフォーマンスを
つくる過程は
原点を掘り起こす時間
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日常の延長に存在する、アオイさんのパフォーマンス。演じるだけでなく、構成や振り付け、楽曲制作まで携わることも多い。ひとつのキーワードからアイデアを膨らませるために、入念なリサーチも欠かさない。真摯に作品と向き合い、物語をつくり上げていく。
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「パフォーマンスをつくる時間のなかで、テーマを掘り下げるために本で調べたり、人に話を聞いたりすること自体が学びになる。それが少しずつ蓄積されて、自分の教科書が増えていくような感覚があります。今日のインタビューを受けるにあたって、作品をつくる時に書いた過去のメモを久しぶりに引っ張り出してみたんです。それを見返したら、やっぱり過程が大事だと改めて思いました。パフォーマンスをつくる過程は、自分の原点を掘り起こす時間でもある。なんとなく積まれていた土の山を “これなんだっけ?”と掘ってみると、“ああ、過去にこんなことがあったな”と、自分の生きてきた時間を見つめ直すことができる。その時間が、すごく楽しいです」
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アオイさんの頭の中を可視化したアイデアメモ。 丁寧に書かれた文字からも、創作に対する真摯な姿勢が垣間見える。
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アートに映画、ファッションという、さまざまなジャンルを軽やかに飛び越えて活動するには、とてつもないエネルギーが必要であることは想像に易い。アオイさんを突き動かしているものは、何なのだろう。
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「お腹がすいたら自然と食べたくなって、ごはんを食べて、お腹いっぱいになる。でもまた次も食べたいから、ちょっと運動して……そんなふうにカラダが求めるリズムみたいなものが存在するのかなって。アウトプットし続けていると穴が開いて、インプットしたら満たされて。また穴を開けるために動く、というサイクル。ごはんを食べるのもパフォーマンスすることも、インプットも全部そのリズムの中にあるものだと思う。だから表現するのは、ごはんを食べるのと同じくらい自然なことなのかもしれない」
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大事なのは感謝の気持ちと
カレーノートの創作マインド
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5歳でダンスに出会った時、高校時代にパフォーミングアーツという世界を知った時。アオイさんにとって、新たな扉を開く瞬間は、いつも成長期の始まりだった。そして今、再び成長期に差し掛かっている感覚があるという。これまでの経験と出会いを糧にして、次なるフェーズに進んでいく。
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「なぜ自分がパフォーマンスをしているのかといえば、きっとそれが唯一自分と社会をつないでくれるものだと感じるから。私が所属している生き様パフォーマンス集団『東京QQQ』の活動のベースには、“誰かの絆創膏になりたい”という願いがあります。こちらの傷をさらけ出すことで、誰かの傷が癒やされることもある。それが実感としてわかってきたから、もっとそこを深く追求していきたいと思うようになりました。ゴールはまだ見えないけど、それを模索し、考えている時間が楽しいんです。誰かに何かを伝えるためには、相手のことを考えることも大事だけど、同時に、人がどうであれ自分はこうだという軸も必要。他人の目を気にせず、ものすごく自由な評価を書き綴ったカレーノートを見返すと、当時の私は軸を持っていたなと思うんです。あの時のような自分の声を取り戻したい。人への感謝を忘れずに、そのうえで自分自身の声にフォーカスして表現していけば、絶対に“誰かにとっての何か”になれる。そう信じてパフォーマンスを届け続けていきたいです」
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作家、画家、音楽家などさまざまな顔を持つ坂口恭平さんによるエッセイ『その日暮らし』は、アオイさんにとっての“絆創膏”。表現の領域が増えて一貫性がないのでは、と悩んだ時期に読み、救われたという。
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