

montmorillonite museum vol.05「素」| 竹村良訓
photo leo arimoto
text hiroko ishiwata
2025.04.30
竹村良訓(たけむら・よしのり)
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〈column on montmorillonite〉
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すべてが想定外
繰り返される実験と失敗
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「制作の依頼をいただいたとき、実はすぐに仕上がるのではないかと思っていたんです」。作品完成の知らせを受け、約1年越しに訪ねた工房で、竹村さんは少し照れくさそうにそう話す。幼少期からあらゆる実験が好きで、陶芸においてもライフワークのように研究と実験を重ねてきた。粘土質の鉱物ではあるものの、陶芸の材料として使われることのないモンモリロナイト。竹村さんが今回苦戦したのは、その高い保水力だった。
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工房で出荷を待つ竹村さんの作品は、オリジナルの釉薬によって色とりどりの表情を見せる。ひとつひとつの形に合わせて異なる色を重ねていくため、同じものはふたつとないという。
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「本体となる粘土の成形、化粧掛け(*1)、色ツヤを出すための釉薬や絵付け。陶芸の作品を仕上げるまでにはいくつかのステップがあります。まずはモンモリロナイトが焼き物の工程でどう使えるかを確かめる必要がありました。はじめに、日頃使っている粘土に混ぜたところ、ベタベタに溶けた餅のようになり、成形できない状態になってしまいました。次に、釉薬や絵付けに使えるかなと液体にしたところ、水を抱え込む力が強すぎていつまでも揮発しない。通常、素焼きの器は3〜4秒で水が引くのですが、モンモリロナイトを混ぜた液体だと乾くまで半日ほどかかりました。しかも、時間がかかりすぎて乾くころには塗膜と本体が定着せず、バキバキになって剥がれてしまう。唯一化粧掛けはやや結果が出たものの、決して相性が良くないし、あまり挑戦的ではない。これまでさまざまな実験をしてきましたが、ここまで予想外の結果になることは経験がなく、さすがにちょっと焦りました」
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(*1)化粧掛け:釉薬をかける前の生の素地にきめ細かい土を塗布すること。仕上がりを美しく見せるための装飾技法。
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月に1度、実験の日を決めて取り組んだ際のテストピース。「いま持ち合わせている釉薬のノウハウや、土に対する知識がまったく通用せず、毎回予想とは違う結果が続きました」
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モンモリロナイトを配合した釉薬の乾きづらい特徴を生かして、マーブル模様にも挑んだ。しかし揮発に時間がかかることで模様として定着せず、剥がれ落ちてしまう。
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経験と直感が導いた
正解へのひとすじの光
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忙しい日々の合間を縫って実験を繰り返し、自分なりの答えを模索した。モンモリロナイトの量を抑えれば、すべてはうまくいく。しかし、それでは作品としての説得力に欠ける。一定量を取り入れることにこだわり、試行錯誤を続けたという。
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「半年ほど実験を繰り返すうちに、とにかく水を吸ってもちもちしてしまうという性質がわかってきたんです。ベタベタ、もちもちなど、子どもっぽい表現になってしまうんですが、この感覚がとても大事なんです。もちろん、すべてデータも取りますが、僕の場合、材料への理解は、触ったときの肌触りと直感が第一。このじゃじゃ馬みたいな保水性をうまくおさめるさらさらの砂はないかと考えました。調べていくと、壁塗り剤などで使用する細かい“珪砂”があることを知りました。それを取り寄せて混ぜたときに、初めて焼き物として形になったんです。成形ができるようになったけれど、普段使う粘土とはまったく違う手触りでした」
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建材として多く使われている珪砂。そのなかでも、最も粒の細かい8号を取り寄せ、モンモリロナイトと組み合わせた。
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思い通りにいかない
制作で触れた
新しい美しさの価値観
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大学で工業デザインを学んだ竹村さんならではの知見が、“モンモリロナイトの器”完成への大きなヒントになった。粘土のようなものはできたけれど、電動ろくろやカッターに耐えられるほどの強度はない。技法も、慣れたやり方から変更せざるを得なかった。
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「繊細で、決して自由自在に扱えるわけではない。でも一応、可塑性(*2)はある。形を整えながら、いつも以上に手仕事の風合いが残るのを見て、自分が原始人になったような気分でした(笑)。とても新鮮な体験で、あえて扱いづらい素材で仕上げていくその形がきれいだなと感じたんです。この質感なら、お皿やお茶碗、花器も作ってみよう。色や飾りを極力施さずに仕上げよう。そうやって、素材の美しさを魅せることにテーマを絞り、〈Pedal & Senza〉のブランドイメージともリンクさせました」
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(*2)可塑性:固体に外から力を加えて形を変化させ、力を取り除いたあとも元に戻らない性質。
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電動ろくろを使わずに成形された作品には、指の形やひもづくり技法の質感が残る。これまでの作風に寄せることや耐水性を追求するのではなく、素材そのものの特性が生きる表現を選んだ。
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物語とともに完成する
素朴で愛おしい器
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「今回の制作のなかでの一番の発見は、粘土っぽいものが作れるかどうかという点です。普段使用するのは陶芸に向いた粘土なので、材料から作るのは初めての経験でした。仕上がりはとてもシンプルに見えるかもしれませんが、僕にとってはこの発見とストーリーがあるので、かなり愛着があります。とてもおもしろかったので、いままでの作品と織り交ぜながら研究を続けたいと思っています。釉薬や新しいものを作ることは常に行ってきましたが、正直、こんなに手こずったことはなかった。本当に一度、自信を喪失しました(笑)。陶芸を始めたばかりのころにはよくあった感覚なので、初心を思い出しました」
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工房では、飽き性ゆえの「新しいものを見たい」という気持ちと実験好きな性格から、釉薬に限らず日々さまざまな研究を続けている。
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