montmorillonite museum vol.07「水の石」| 小桧山聡子
photo shinnosuke yoshimori
text hiroko ishiwata
2025.12.30
小桧山聡子(こびやま・さとこ)

<br>
〈column on montmorillonite〉
<right>
<title>
石の概念が変わる
モンモリロナイトの不思議さ
</title>
小桧山さんの作品に「石菓子」というものがある。堅焼きのビスケットで仕上げられたその姿は、まさに石そのもの。齧ると中からナッツやチョコレート、ドライフルーツがまるで宝物のように飛び出してくる。この表現に至った視点が、今回の作品を生み出した。
<br>
「2年ほど前に、磁器ブランドのレセプションパーティで白い陶石にそっくりなお菓子を作ってくれないかと相談をされました。どんなものでも食べものに変換することがおもしろいとは思っていませんが、そのとき目にした陶石のテクスチャーがとてもおいしそうに感じたんです。そう感じたのなら、おいしいものが作れるかもしれないと思い、オファーをお受けしました。この経験をきっかけに、石という素材と向き合う機会が増え、石菓子が誕生しました。モンモリロナイトの原石を初めて見たときに、あの陶石に似ているなと感じたのですが、すぐ別物だとわかりました。粒子の細かさ、軽さ、湿度を帯びた質感。見れば見るほど、不思議な感情が湧いてきました」
<br>

<caption>
左が以前作品づくりを依頼された白い陶石、右がモンモリロナイト。陶石と並べてみると、モンモリロナイトにはざらつきやゴツゴツとした凹凸が少ないことがわかる。ほぼ同じ大きさにも関わらず、重量は陶石の半分以下だ。
</caption>
石をはじめ、自然界のテクスチャーに惹かれると自覚したのは、つい最近のことだという。しかし、その布石は子どものころからあったと振り返る。庭の土を眺めながら、濡れた土はガトーショコラやチョコレートケーキ、乾いた土はミルクチョコレートのようだと感じていた。
<br>
「油絵を学んでいたころ、小さな0号キャンバスに自主的にさまざまな画材や素材、道具を使ったテクスチャーの研究を作り溜めていました。思い返すと、そのころから質感に興味があったのだと思います。料理をしながらグッときた質感の写真を撮ったり、散歩をしながら雨に濡れた木肌や湿度を含んだ苔に近寄って写真を撮ったり。今では“雨の日のコケ”という写真フォルダまであります(笑)。今年のはじめには、撮り溜めた写真を使って『おいしい質感』という展示も行いました。この展示が〈kili〉の活動の第一歩になります。物質の一番表層に現れるのが肌です。その肌の質感を手がかりによく観察し、息を合わせながら物質が中心に抱くものを想像するのが楽しい。展示を通して、改めて私は質感に強く惹かれているのだと気がつきました」
<br>

<caption>
小桧山さんのお菓子プロジェクト〈kili〉の名前は、「肌の理(ことわり)=肌理(きめ)」と書いて(きり)と読む。活動内容同様、素材の質感を糸口に、手触りや色彩、形に息を合わせながら、モンモリロナイトの核を探した。
</caption>
「水の石」も、表層質感から感じ取ったメッセージをもとに形になった。モンモリロナイトの原石を、自宅の本棚の特等席に置き、2ヶ月以上じっくり眺めながら過ごした。
<br>
「最初は、落雁など硬さのある素材で作ろうと思っていました。粉っぽさをぎゅっと凝縮した質感がモンモリロナイトに近いのではないかと感じたからです。でも眺め続けているうちに、ほのかにみずみずしさを感じるから、粉ではないのかもしれないと思い直しました。どこかで見たことがある……と、これまでに出合った食材の記憶をたぐり寄せたら、“寒天かも!”という答えにたどり着きました。マットなのに水分を感じる質感は、寒天を手でちぎったときと似ているんです。モンモリロナイトも寒天も、写真に撮ると光沢を帯びる。真逆の硬度のふたつに、共通点があることにおもしろみを感じました」
</right>
<left>
<title>
半信半疑になりながら
ひらめきを信じて制作を開始
</title>
長年の経験から、レシピの枠組みはすぐに思いついた。しかし、そこから制作に取りかかるまでには1ヶ月ほどの時間を要した。寒天にたどり着いたものの、鉱物を表現するうえで、最適解なのか、ほかに可能性があるのではないか。自問自答を繰り返した。
<br>
「結局、ほかの選択肢は見つからず、最初に思いついたレシピで試作をスタートしました。今回はビジュアルに近づけることを重視していたので、原石の色を再現するための材料から考えました。グレーを表現するために思いついたのは、竹炭、ブラックココア、ごま。寒天との相性も考えて、ごまと竹炭のふたつに絞りました。青み寄りのクールな黒が表現できる竹炭が合うのではないかと試してみたんですが、違う印象になってしまって。ウォームブラックに仕上がる黒ごまのペーストをベースに、白ごまペーストを加えて調整をすることにしました」

<caption>
制作で使用した調理器具たちは、隅々まで手入れが行き届いていた。片付け好きの父の影響で、気がつけば自分も身の回りを常に整えるタイプになっていたという。「調理器具は、長く使えるかどうかを基準に選んでいるので、しっかり調べてから購入しています」
</caption>

<caption>
今回の作品のキーとなったのは、ごまペーストとブランデー。製菓用のブランデーは、樽貯蔵で熟成されており、フルーティーな香りが広がる。「ラム酒とも迷いましたが、直感でブランデーを選びました」
</caption>
</left>
<right>
<title>
工程を増やしても
再現したかった
きめ細やかな粒子の質感
</title>
黒ごまと白ごまの割合を整え、温めた牛乳と混ぜ合わせる。鍋で煮溶かした寒天液に砂糖とともに加え、空気と泡を丁寧に取り除いていった。この細かな作業は、モンモリロナイトの繊細ななめらかさを表現するためだった。
<br>
「それでも原石の細かな粒子感にはなかなかたどり着きませんでした。加熱しても粒子が残ってしまうし、途中で濾す工程を加えてもまだ足りない。頭を悩ませて、しっかり撹拌してみることにしました。普通のミキサーでは物足りず、アボカドの種も粉砕できる超強力ミキサーを導入しました。さらに2回濾すことで、ようやくモンモリロナイトの粒子の細かさに近づくことができました」

<caption>
毛穴よりもはるかに小さい、ナノサイズのモンモリロナイトの粒子。その質感を目指し、ごまペーストを加えた牛乳をバイタミックス社のミキサーでしっかりと撹拌した。
</caption>

<caption>
長時間撹拌すると泡立ってしまうため、少し時間を置いて泡を落ち着かせる。その後、なめらかさを表現するために、網目の異なるザルで二度裏ごしし、さらにていねいに泡を取り除いていった。
</caption>

<caption>
原石の切断面を観察しながら、牛乳寒天をカットして仕上げていく。直線的な面もあれば、割れたようなざらつきもある。包丁で切り、スプーンでくり抜き、手でちぎるなど、さまざまな手法を用いて、ビジュアルを原石へと近づけていった。
</caption>
小桧山さんの作品は、完成度の高いビジュアルに目を奪われがちだが、味へのこだわりも忘れない。「水の石」は、牛乳と砂糖の自然な甘みのあとに、味の引き締まりとコクを感じた。
<br>
「ベースはシンプルな材料で仕上げていますが、それだけではやさしすぎて、石という存在に対して違和感を感じました。そこで、ブランデーを少量加えて味にシャープさが出るようにしたんです。この石にはどんな味が似合うだろうと考えながら、おいしさと驚きが両立できる接点を探りました。おいしさって、さまざまな条件が絡まり合って感じるものだと思っています。どんなに優れた食材や料理でも、受け手の体調や感情で印象が揺らぐことがありますし、その場の環境や状況で変わります。正解はひとつではなく、揺らぎのあるおもしろさがある。私は、おいしさに懐の深さのようなものを感じるから、ずっと探求してしまいます。変動性のあるものだからこそ、食材に敬意を払い、その瞬間に私が最善だと思う状態を届けることを軸に、料理という行いに向き合っています」
</right>
